ポエム
無題(一)
考えたのだが、私はヘドロになるべきではないだろうか。きっと向いていると思うのである。まず、第一に海が好きだからだ。なにしろ、自殺するなら海で入水しようと心に決めている。首を吊るのではなんだか平凡だし、それに何より、海というやつは私のことをちゃんと受け止めてくれる気がするからだ。たとえ世界がすべからく私の敵となろうと、彼女だけは最後まで私の味方でいてくれる。そんなちょっぴりセカイ系な包容力を感じるがために私は海が好きなのである。
また、私はだるんとしているのがこの上なく得意だ。ほとんど唯一の特技といってよい。だから、ヘドロとなった暁にはきっとその長所を存分に発揮できるだろう。海底こそ私の輝けるステージであり、私はまさしく「光るヘドロ」となって、だるんと泥みつつも、周囲を明るく照らすような立派なヘドロとなれるに違いない。
無題(二)
もしも生まれ変われたのなら、巷でマドゥンナと恐れられる峰不二子的な怪盗になりたい。青いデニムに白のタートルネックというラフな格好。ぴちぴちのデニムのヒップがエロい。あと、おっぱいがデカい。そんな美少女。狙うのは自宅警備員が一人だけ詰めているような、なんでもないふつうの部屋だ。
閉じっぱなしの錠をバンプキーで開け、真正面から入ってくる。当然、ものすごい勢いで見つかるが、まったく動じることはない。なかにいる人間とむしろふつうに話もする。ひとしきりお話して、ちょっと飽きたかなってころに出ていく。ふつうに現ナマが盗られている。とても鮮やかな手口だ。警備員はそのことに気づいても、かわいい女の子と話ができたことにほっこりして、あんまし憤慨しない。
警備員にはわからなくなる。彼の部屋にあるもののうちでもっとも高価なのは魔法少女や初音ミクの1/8スケールフィギュアだが、それらはちゃんと残っている。失くなったのは金だけで、だが、その金を奪った彼女は本当に実在したのだったか。会話の内容だって覚えていないのだ。それでも、なんだか幸せだったような気配だけが彼女のシャンプーの香りとごちゃ混ぜになり、まだ、微かに漂っているような気がする。 けど、俺はそういうのには永遠になれないんだ。ぴちぴちのレディースのデニムは履けない。すね毛だってある。何より、おっぱいがない。
短い雑感
楽しく、明るく、前向きでなければならないとする空気は暴力的だ。世の中にはどうしようもなく辛いことや、息のつまるほどしんどいことが確かに存在する。もちろん、そういうものを抱えこんでしまった人のほうが誠実で正しいなどというつもりはない。そうして居直ってしまうのはやはり驕慢で病的なことだと思うし、ずっと明るい世界のなかで頑張っていけるのならそれはとても素敵なことだと思う。それでも「人生楽しく!」みたいな信条ばかりが幅をきかせる空間はひどく息苦しい。わけもなく楽しいのと同じくらい、どうしようもなく辛くなれる自由がなければ、そんな楽しさはきっとうわべだけの嘘になって、白々しいものに変ってしまうだろう。
世の中にはどうしようもなく辛いことや、息のつまるほどしんどいことが確かに存在する。その厳しさから目をそむけ、キラキラとした楽しさで覆ってしまうのは、肌になじまない。かといって、その底知れぬ闇に浸かって、ずぶずぶと快適に沈んでいけばいいのでもない。これが底知れぬ闇だからこそ、そのなかできちんともがき、そこから底抜けに明るく拓けた世界を探ること。そのなかに本当の希望が潜んでいるのだと思う。
最終更新