だってほら。私、金星人だから

短歌のような詩のようなもの、2作目

だってほら。私、金星人だから雨の匂いがわかるんだよ、と 得意気にあなたが云ってみせたのは、ある夏の日の夕刻だった。

薄闇に浸った生徒玄関にぼくらのほかに人影はない。降り出した雨は次第に強くなり、地面を黒く染めあげていく。雨宿りしているあいだ、あなたとは天文学について話した。ケプラーの法則などに触れたあと、あなたはペットボトルを開けて、気の抜けてしまった三ツ矢サイダーをこくりこくりと口に含んだ。ぼくはそのようす、あなたの喉笛の動きを、じっと見守っていた。

あの頃のぼくらにとってこの星は十分すぎるほど広大で、いつだって規則正しく、一定のリズムで自転してくれていた。たとえばの話、あなたが地球人だったとしたら、公転面に垂直なぼくらは同じ夕立の気配を予感できただろうか。

今はもうあなたのいないこの街のパースペクティブ(すなわち、ぼく)に、地球儀が球体である理由などどう足掻いても知る由はない。メルカトル図法で描くあの頃の記憶はちょっと美化されていて、実際にぼくらに降った雨よりもどこか歪んでいるはずなのだ。

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